「さあ、行こう、購買!パン売り切れちゃうじゃんっ」
紗名は、「はやくはやくー」と言いながらあたしを無理やり立たせる。
あたしは、重い腰をゆっくりとあげて、紗名に引っ張られるまま歩く。
廊下も、冷房が効いているため、登下校と体育と部活以外は汗をかくことはあまりない。
あたしが毎月500円を払って買っている陸上雑誌。
内容は、強豪校のインタビューや、将来有望視されている選手の特集など。
うちの高校も結構強豪校で、県ではベスト3に入るくらいの実績もある。
別に自分の高校が特集されているか見るために、毎月500円をも払ってこの雑誌を買っているわけではない。
あたしは、ある人を探していた。
”幻のスプリンター”
別にそんな有名じゃない。
あたしがただそう呼んでいるだけ。
彼のことを忘れたことはない
忘れることはない。
1日たりとも。
長距離ランナーのあたしにとって、短距離であるスプリンターの世界は未知の世界。
そんな未知の世界に正直あたしは彼を見るまでは興味はなかった。
スプリンターの約7割か8割くらいが、要は天性の才能。
特に、ショート・スプリンターは。
それに比べて、長距離は、誰でも努力すれば可能性はある。
キツいけど、苦しいけれど、ゴールした時の喜びは長距離じゃないと感じられないって思う。
今でも、その考えはかわらない。
だけど、彼は
あたしを未知の世界へ一瞬だけ連れていってくれた。