「先生! おはよっ」

「はよ。……また一人か、北川」

「別にいいじゃん」

俺の隣に走り寄ってきた北川は、拗ねたように早足になる。

それでも、足の長さや歩幅が違うから俺と同じくらいの速さだが。

北川は他人のそれとは違う青い瞳で俺をとらえた。

「先生、暑いね」

「夏だからな」

ちらりと視線を落とせば、セーラー服の袖や襟元のボタンをはずしリボンもゆるめられていた。

膝がかろうじて見えるくらいのスカートを指でつまんで、ふーとか言いながらパタパタと揺らし風をスカートの中へと送っている。

「学校つくまでにちゃんと服装整えろよ」

「はーい」

面倒くさそうに返事をすると、北川はポニーテールを揺らして走り、俺の前で振り返って立ち止まった。

「なんだ」

「暑さで脳をやられないように気をつけてね」

「アホか」

お前よりは丈夫だ、とでも続けようと思ったが、この暑いなか無駄にエネルギーを消費するだけなので思うだけにとどめておく。

北川は俺の横に戻ってくると、身振り手振りをつけて熱く話し出す。

「やってらんない。やっと中間テスト終わったと思ったらもうすぐ期末テストじゃない。ひどいよ先生」

「ひどいのはお前の頭だ。『黄昏』も読めんくせに国語教師である俺の横に立つんじゃない」

「なに? 『たそがれ』って」

「お前が『おうごん』って書いた、あの漢字の本当の読み方だ」

「知らない、そんなの」

「二度と俺の横に立つな」

暑苦しくなってきたので、まだわーわー言ってる北川は完全に無視。

俺は汗の浮かぶ額をハンカチで拭った。