嫌味野郎ウィリスが立ち去って。
2人で食事をした。
だけど、将の食欲がまったくない。
私はため息をついた。
「将……きちんと食べないと、体もたないよ?」
そう言うと、将は頷くが。
フォークを持つ手は動かない。
見かねて、もう一度名前を呼ぶと。
「…あいつの言うこと、そのとおりなんだ。俺、確かにオーディションに落ちて、アイツが受かったんだ…。」
「へぇ。」
珍しく将が落ち込んでいる。
かなりショックなことだったんだろう。
「随分頑張ったんだけど、ダメだったんだ。」
「そりゃ、そういうこともあるでしょ。てゆうか、向こうも頑張ったんじゃない?やなやつだけど。」
「でもっ、自信結構あったんだ…あいつの演技より……。」
私は、私の皿に乗っているカモ肉をフォークで刺し、将の口元へ持って行った。
「食べて。それ以上女々しい事聞きたくない。」
私がそう言うと、将は、ハッとしてカモ肉を頬張った。
「ご…めん。」
カモ肉を飲みこんだ後、そう言って将が俯いた。
「ねぇ、ちょっと聞くけど。将って英語あんまりしゃべれないでしょ?なのに、ハリウッドのオーディション受けたってどういうこと?」
「ああ……オリバー監督サイドから日本のコーディネーターに、せりふは全部日本語だから日本人の俳優も視野に入れてるって話しがあったから、俺も対象になったんだよ。」
成程ね。
「そりゃ、将。ダメだ。完全に認識不足だよ、それ。」
「え?」
俯いていた将が、驚いた顔で私を見た。
「うーん、私が考えることだから絶対じゃないと思うのを前提にきいてね?私今回の事で思ったんだけど、船津プロは海外対応がやっぱり不十分なんだよ。あ、別に船津プロをけなしてるわけじゃないんだよ?だけどね、海外の仕事をする気なら、もうちょっと現地スタッフを調達するすべを持っていないと。たとえ上手く仕事を受けることができても、いざ仕事が始まって頑張ろう、って思っていても…上手くいかないかもしれない。」
「どういうこと?」
「うーん…例えば。アメリカは契約書の国って言われるほど、細部にわたって仕事を受ける時決めるわけね?例えば、送迎の車の種類とか。
昼食代がスタッフ何人まででるとか…。医者の世界でもそうだから。映画界なんてもっと凄いんじゃない?」
「ええっ?だって、それ、演技に関係ないだろ?」
「うん。だけど、そういうもんなの。だから、通訳つけて意思の疎通をはかるんでも、そこらへんのスタッフがしっかりしてないと、オファーする側も不安じゃない?」
「確かに…。」
「それに、演技指導も細かいニュアンスとかいちいち通訳通していたら、大変でしょ?どうしてもこの俳優に演じてもらいたい、って監督が言うなら別だけど、オーディションでしょ?医者だって患者と向き合う時、通訳通してだとやっぱり、ニュアンスが伝わりづらくて、不安になるんだよ。」
そこまで説明をすると、将が大きくため息をついた。
「そっか……。」
「まあ、結局は。将も事務所も、甘かったんだよ。認識が。つまり、井の中の蛙、ってことだ。日本でどれだけ人気があろうと、向こうの希望に沿ってなければ落ちるにきまってるじゃない?」
「全くだ…。」
将が、クスリと笑った。
納得できたようだ。
さっきの酷い表情はなくなっている。
「じゃあ、納得したところで、早く食べて。確認しに行くから。」
私は、そう言うと食後のタバコを咥えた。
「え?確認って?」
「だから、将のオーディション落ちた理由の確認。まあ、推測になるけど。」
「どういうこと?」
「オリバーの映画見に行くの。別に審査員だけしか見れないわけじゃないでしょ?ノミネート関係者だって自由に入れるでしょ?情けないいいわけ言う前にきちんと現実を見たら?」
将が私の言葉に固まったけど、間違っているとは思わない。

