俺がタクシーで帰ると提案したら、ちょっと木村さんがためらう表情をした。
「いや、事務所から誰か送らせるように来させるから・・・ここら辺のタクシー付き合いないしな・・・タクシーなんか下手につかって、自宅場所がネットで公表されたら面倒な事になるし。」
木村さんの心配はもっともだけど、役作りができず煮詰まっている今、スタッフといえども気を遣いたくないのが本音だ。
ハッキリ言って、面倒だ。
だけど、そうとも言えないし・・・。
「いいよ、木村さん。俺が鎌倉に住んでいるのは公になっているし。グランドヒロセ鎌倉までタクシー使って、あとは家まで歩くから。」
グランドヒロセ鎌倉から自宅マンションまでは徒歩で20分ほどだ。
歩けない距離じゃない。
だけど、それさえも木村さんは躊躇い顔で。
まあ、後輩の志摩さんの我儘を優先して、先輩の俺を放置っていうのが社内的にまずいと思っているんだろうけど。
確かに、先輩でもあるし現段階で自分で言うのも何だが、俺の方がより志摩さんより売れていて、格も随分上だからな。
だけど、そんなことに拘るほど事務的な事務所じゃないし、もっとアットホームな誰かが困っていたら助けるというのが普通の事と皆思っているし。
現に、トップの船津さん自身が、事務所のメンバー誰に対してもそうだし。
だから、大したことじゃない。
大丈夫だから、ともう一度念をおすと、船津さんが、俺がこの店の閉店までいて瀬古さんに送ってもらうように頼んでくれた。
現在4時で、閉店は5時半だ。
あと1時間半くらい、この店ならいくらでも時間をつぶせる。
瀬古さんは快く引き受けてくれて、話が決まった。
木村さんは俺に、悪いな、と言いながらトラブルが気になるようで船津さんと慌てて店を後にした。

