早々に本を読みこんで、義経の役作りをしてきた俺は弁慶のイメージにノリ切れず・・・上手くいかない。
それに対し、藍崎さんは・・・義経らしいかはどうかは別として・・・すっかり、藍崎さんらしさの出たセリフが出来ていた。
いくら藍崎さんが俺より10歳以上年長の先輩だとしても、自分がまったく役作りが出来ていない事に物凄く焦った。
藍崎さんはワイルドキャラだが素はユルい口調のとてもいい人で、そんな俺に本読みの稽古が始まる前に、先に2人でプライベートで練習をしようと言ってくれた。
実は俺がモデルから俳優になろうと今の事務所に移り、初めてドラマの仕事をもらった時に藍崎さんと共演してとても親切にしてもらったのだった。
だから、ぜひ、藍崎さんにも成長した俺を見てほしいと思っているのだが・・・中々上手くいかない・・・。
「将、瀬古さんがコーヒー淹れてくれたぞ!」
昔の『義経記』の台本をめくりながら考え込んでいた俺に、木村さんが声をかけてきた。
頷いてソファーの方へ行くと、既に旨そうに船津さんがコーヒを飲んでいた。
瀬古さんはコーヒーが趣味で、いつも旨いコーヒーを飲ませてくれる。
俺と目が合うと、船津さんはほほ笑んで自分の隣に座るように手招きをしてくれた。
軽く頭を下げて隣に座ると、コーヒーのいい香りが鼻をついた。
「お、将君。瀬古さんのスペシャルなコーヒーの香りで、ちょっとリラックスできたか?まあ、そんなに考え込んでも煮詰まるだけのときもあるさ・・・ちょっとした気分転換、発想の転換が必要なこともある。大体、将君には逃げ道がないからなぁ・・・。」
「逃げ道・・・ですか?」
「ああ、言い方が悪いが・・・仕事だけじゃないってことだ。良い意味で気持ちをそらす存在だ。将君・・・今、恋人はいないよね?」
「ええ、先々月別れました。なんか、違うな・・・と、思って。」
「そうか・・・将君の場合、趣味は・・・乗馬に、剣道、長刀、能・・・全部仕事がらみで習っているだけだもんなー・・・。」
確かに、仕事で必要じゃなければ習わなかったな・・・きっと。
前に付き合っていた彼女と一緒で、好きかと聞かれたら・・・そうでもない様な気がするし。
「考えてみたら、将、お前。仕事とったら、何にもないよなー。」
木村さんが、言ってほしくない事を言う。
確かにそうだけど・・・。
ちょっと、ムッとした俺に瀬古さんが、真面目って事ですよ、とフォローしてくれたのだけど。
そんな時、木村さんの携帯が鳴った。

