浴室のタイルは母の選んだラベンダー色。

エンジ色のコーナーラックはパパが見立てだと聞いている。


其処にある鏡に、私は又クロスペンダントを指に絡めて写す。


パパの思い出の中に身を置いた時、何かが弾けた。


でも、結局……

何も思い出せず……

浴室に虚しさが渦巻いただけだった。


(パパー!!)

私は何故か鏡を見ながら心の中で叫んでいた。




 いきなり浴室のドアが開いた。


ドキッとした。


(パパ!?)

そう言おうとして、又固まった。


「今度は長っ風呂?」

呆れ果てたような母の姿。

私は思わず、遊んでいたフェイスタオルを湯船で潰した。


「何でも長いね」

母の愚痴が身にしみる。


私は何故か、母を見つめていた。




 何時も母の傍に居た……

きっとそれはパパの居ない寂しさを紛らすためだったのだろう。


「ありがとうお母さん」

私はそう言いながら泣いていた。


「どうしたの? いきなり気持ち悪いわねー」
母はさっきまでと違って、優しく微笑んでいた。


母は何時も私を見守ってくれていた。
だから私はパパのことさえ思い出さなかったのだろう。


「ありがとうママ」
私は濡れたタオルで涙を拭いた。

久しぶりにママと呼んでみた。
甘えん坊だった子供の頃に戻りたくて……




 入浴剤の甘い香りに包まれながら、又至福の時間を堪能する。


何気なく手を置いたロールタイプの風呂蓋。

その下に広がる世界に思わずドキッとした。


腕の影が水面で屈折して、死人の手のようにどす黒く光っていたからだった。

そしてその手先は、自分の太ももを今にも掴みそうだった。


(水鏡?)

私は慌ててクロスペンダントを映し出したコーナーラックの鏡を見た。


(この鏡もきっと……)

奥の奥を考えた。

底のない世界がきっと其処にある……

私にはそのように思えてならなかった。




 やっとバスルームのドアを開けた。

パジャマ代わりの大きめのTシャツ、ハーフパンツに着替える。


パパが居なくなってから、私はパジャマを着なくなった。

何時でもパパを助けに行けるような格好をして眠るためだった。


(えっ!? パパを助ける!?)

私は自分の思いもよらない考えに戸惑っていた。