ヴァンタン・二十歳の誕生日

 チビ以外誰も居ないはずの甲板が、ふと頭の片隅を過る。


(怖い。怖過ぎる)

チビを置いてきぼりにしたことを後悔し、急いで戻ることにした。




 チビを起こそうと体を揺さぶった。
それでも起きないチビ。


(羨ましい……)
素直にそう思った。


(十年後には悩みだらけだよ)
私はチビを見つめた。


(きっとまだ夢の中なんだよね。この硬い甲板もベッドなんだ)


痛いと解っている。
それでも私はもう一度……
今度はもっと強くチビを揺さぶった。




 やっと起きたチビと下にある船長室に行った。


でも其処にも誰も居なかった。


「まるで幽霊船だね」
アクビをしながらチビが言う。


「そんな事言わないで、本当になったら怖いよ」
弱気な私。

それを聞いたチビは臆病な私を笑った。




 「見て、テーブルに名前がある。キャプテンバッドだって」

チビが言う。
私は早速駆け付ける。


キャプテンバット……
以前パパから聞いた名前だった。


「キャプテンバッドって、あのキャプテンバッド?」
私は震え上がった。


「おねえさんもパパから聞いたの? 格好いいよね、キャプテンバッド」
チビが意外な事を言った。


(キャプテンバッドが格好いい……? そんな事言ったかな?)

もう私は過去の記憶に自信を持てなくなっていた。




 キャプテンバッド……。
勿論通称だ。
本名は誰も知らない。
七つの海を暴虐武人に荒らし回る。
デンジャラス過ぎる海賊だった。


十七世紀に同じように七つの海を暴れ回った大海賊がいた。

スコットランド生まれの商人だった。

海賊退治の許可を貰って船長になって、自らも海賊になったと言う経歴の持ち主だった。




 キャプテンバッドは、自らその子孫だと名乗った。


『勿論嘘っぱちだ』
とパパは言った。


『でも本当かも知れない 』
後で確かにそう言っていたのを聞いた気がした。




 (この船はきっと海賊の帆船。何か格好いい)

でも本当は、その考えには批判的だった。


海賊でもパイレーツでも、やっていることは卑怯極まりないと思っていたから。


(海賊なんて、映画とマンガで充分だ)


娯楽の象徴としてなら受け入れられる。

でもそれすら、今は恐怖だった。


(ねえ誰か居ないの?)

私には暗闇の中に何かが居るように思えてならなかった。