翌朝、携帯が鳴る。
ディスプレイには“公衆電話”の表示。



里美か?
へっ、冗談じゃない。
誰が出るものか。



しつこくコールしているが、竜太郎はシカトした。
里美には未練だらけだが、だからと言っていまさら声を聞く気になれない。
万が一“ごめんなさい、もう一度やり直しましょう”なんて言われても絶対にゴメンだ。

竜太郎は携帯を離婚届の横に置いたまま、家を出て会社へ向かった。



会社を定時で上がると、女子社員の白川と帰りが一緒になった。
気まぐれに彼女をコーヒーに誘い、その流れで一緒に食事する。

彼氏と別れたばかりの白川も寂しそうだった。
だから食事後、今度は彼女の方からバーに誘ってきた。
そこまで行けば、後の流れは自ずと決まってくる。

だが竜太郎は断った。
気持ちのグラつきはあったが、やはりヤケにはなりたくなかったのだ。

30年前のあの“突然の出来事”の際も、ヤケにならずに持ちこたえることができたじゃないか、と竜太郎は自分に言い聞かせていた。