そうだったな。
あのときひょっこり老人が現れて、“10円玉占い”をしてあげようと言ったんだ。

奇妙な爺さんだったが、不思議な魅力も感じた。
だから警戒したのは最初だけで、あとは違和感なく打ち解けて話しができた。

しかし女房に逃げられたばかりだってのに、俺はなんでこんなことを思い出してるんだろ。
突然のことで頭が変になっちまったのか?
まあいい、シャワーでも浴びてスッキリするか。



そこで竜太郎の30年以上前の回想は途切れる。
熱いシャワーを浴びてるときには、今度は里美の顔ばかりが頭に浮かぶ。
彼はそれを何度も何度も振り払った。

浴室から出ると、まずコップ一杯のビールを一気に飲み干す。
続いて冷蔵庫の余った食材で簡単な炒め物を作り口に運んだ。

離婚届はリビングのテーブルに置かれたまま。
彼は敢えてそれを無視した。

腹がある程度満たされると眠気を感じてきた。
こんなときによく寝ていられるな、と自分自身に呆れながらもベッドに横たわる。

目覚めたら横に里美がいたりして。
そうすればこれは現実ではなく夢。
できればそうあってほしい。
そんなことを考えなから、竜太郎はゆっくりと目を閉じた。