片付けをする幸子の背中はやはりどこか寂し気で、竜太郎は思わず声を掛けた。
「母さん、俺も何か手伝うよ」

幸子はほんの少しだけ笑顔を見せ、弱々しい声で返す。
「そう、悪いわね。じゃ洗い物の方やってくれる?母さん掃除するから」

「わかった」



それから暫く、二人は一言も声を発することなく、それぞれの自分の作業に没頭していた。

カチャカチャ…

シャッシャッ…

竜太郎が器を洗う音と、幸子が箒を掃く音が店内に響く。

ラジオでは巨人の大勝を伝えていた。
解説者は、試合序盤の王のスリーランホームランが、まず大きな勝因となったと言っている。



俺も一度は王のホームランをナマで見たいなあ。
あの一本足打法、カッコいいだろうな。
それから柴田の盗塁も見てみたい。
張本の右へ左へ打ち分ける広角打法も見たい。
堀内の快速球とカーブ、ナマで見たらスゴいだろうな。
それにやっぱり背番号『90』の長嶋監督の勇姿、見てみたいなあ。
後楽園球場って東京にあるんだよな。
東京に行けば全部見れるんだもんなあ。
芸能人にも会えるらしいし。
いいな、東京って。


洗い物をしながら、竜太郎はそんなことを考えていた。