「そんなの関係ないですよ。お願いします、部長」
そう言いながら白川は、いつの間にか歌本を差し出している。

竜太郎は観念した。
「じゃあ一丁やるか」

「やったあ~。何にしますか?」
白川は大はしゃぎだ。

「そうだな、アリスの『遠くで汽笛を聞きながら』にしよう」

やがて竜太郎が歌い終わると一同拍手喝采。
全員口々に「部長上手いよ」と絶賛していた。
こうして宴は更に盛り上がっていったのである。



大学に行ってない竜太郎が部長職に就いたのは3年前。43歳のときだ。
会社では異例のスピード出世であった。

高校卒業後、彼は暫く工場勤めをし、やがて学歴不問で社員募集をしていた新興の映像ソフトメーカー『㈱バード』に26歳で入社。
営業部に配属となる。

その時期、世はまさにレンタルビデオ隆盛期。
会社はイケイケで急上昇。

そんな中、彼は大卒者に負けるかと一生懸命働き、業績をグングン伸ばしていった。
その働きぶりを高く評価され、彼は先輩・同期生を次々とごぼう抜き。
40代早々で営業部長になるに至ったのである。

『順風満帆』
そんな言葉がピッタリの笠松竜太郎の人生であった。