「で、代わりに彼が要求したのが、あたしの初恋」

「初恋?」

「あたしの初恋相手の記憶が、彼になったの。
それ以前に本当の初恋相手がいたかどうか、
あたしにはもうわからないんだ」

アルが”十歳の女の子にとっては、かけがえのないもの”と
言っていたのは、このことだったのね、と夏海は納得した。

一生に一度しかない初恋の記憶を塗り替えられたとしたら、
少し菜々子が気の毒な気もする。

「でも、それでよかったと思ってるんだ。
もしあの時、おばあちゃんの命を取られていたら、あたしは今頃
どうなっていたかわからない。

仮に本当の初恋がそれ以前にあったとしても、
絶対に記憶が戻らないなら、
あたしにとっては、ないのと同じことだもの」

確かに、菜々子の言うとおりだ。
だが、それではアルにとって実質的なメリットは何もないのではないか。

篠塚夫人から受け取った多額の報酬を返してしまったり、
無償同然で菜々子を母親に逢わせたり・・・
彼は損ばかりしているように思える。