セイの足音が遠ざかると、やっとアルが口を開いた。

「お茶を飲みなさい」

「はい」

夏海はほんの形だけ、グラスに口をつけた。
部屋に入ってから、まだ一度もアルと目を合わせられないままだ。

「まったく、とんでもないお嬢さんだ。
この仕事を始めて十年以上になりますが、こんなことは初めてです」

「すみませんでした」

「私は、あなたに大翔さんの後を追わせるために、
彼と逢わせたわけではありませんよ。

彼の最後の言葉をきけたら、また前向きな気持ちになれると、
あなたがそう言ったから、力を貸そうと思ったのです。

まさか夏海さんは、初めから私をだますつもりだったのでは
ないでしょうね」

夏海はうつむいたまま、小さく首を振った。

「そうではありません。最初はちゃんと、
アルさんと一緒に帰るつもりでした。
でも、あそこが、あんまり居心地が良かったので・・・」

「え?」