厨房のコンロには火がついていて、業務用の大きな鍋の中で
カレーが美味しそうな香りを立ち昇らせている。
冷蔵庫の中には食材やドリンク類が隙間なく詰め込まれ、
調理器具や食器類などもすべて、営業中の店そのままの状態で
揃っていた。

ただ、人だけがいない。

「ヒロくん、ここで食事してるの?」

「いや・・・俺は腹は減らないんだ。
ここに来てから全く飲まず食わずだけど、平気なんだな、これが」

楽しんでいるような悲しんでいるような口調だった。

「わたしも、今は食欲ないの」

「じゃあスイカは?一緒に食おう」

大翔は冷蔵庫の中から半割のスイカを出すと、調理場にあった包丁で
半分に切り、それをさらに半分に切った。
二人はそれをひとつずつ手にもって、表のベンチへ戻った。

「ヒロくん、合宿に出発する前、わたしに言ってたよね。
大切な話があるって」

「うん・・・」

「わたし、それを聞きにきたの」

夏海は大翔が切ってくれたスイカを一口かじった。
食べたいわけではない。

だが二人で食事をすることなど、この先もうないのだ。