自室へ引き上げたアルは、まず香を焚いた。
青磁の小さな香炉に炭をおこし、温まった灰の上に香木を置く。

やがて白檀の高貴な香りが部屋中に満ちて、彼と、
彼を取り巻く小さな世界が浄化されていく。

完全に火が消えたことろで、ヒミコを呼んだ。
バサバサと居間から飛んできたヒミコは、慣れた様子でベッドの
ヘッドボードに着地した。

「今回も、お供を頼むよ」

ヒミコに声をかけるとアルはベッドに体を横たえ、静かに目を閉じた。

雑念をはらおうとしたが、ついさっき目にした夏海のさまざまな表情が、
順に浮かんでは消えていく。

初めて部屋に入ってきた時の不安げな顔、
恋人の最後の様子を語る涙でぬれた顔、
そしてアルが依頼を受けると答えた時の、泣き笑いの顔。

――あのチンクシャの顔が、一番可愛かったな。

自然と口元がほころんで、ふふっと笑みがもれた。

さらに、「一晩だけ、あなたの妻になります」と言った時の顔は
格別だった。
今の若い女の子は、もう少し割り切っているものと思っていたのに、
予想外に純情な反応が返ってきて、正直、驚いた。

――あの顔にはちょっと、やられたなあ・・・。

いかん、死者に集中しなければ。