通されたのは六畳ぐらいの洋間だった。

照明を落とした室内は薄暗く、中央にアンティーク調らしき小さな
テーブルと、それをはさんで椅子が二脚、向かい合っている。

レースのカーテンのかかった窓がひとつだけあり、
その窓を背にしたほうの椅子に男が座っていた。

逆光になっているため、夏海には男がどんな顔をしているのか、
はっきりとはわからない。
人の形をした黒い影が見えるだけだ。

「おかけください」

影が言った。

「失礼します」

夏海は空いたほうの椅子に腰を下ろすと、足元にカバンを置いた。

「はじめまして、私はアルといいます。もちろん本名ではありません。
世界最古の夢占い師と伝えられるギリシャ人アルテミドロスにちなんで、
そう名乗っています」

影の声を聞いて、二十代後半から三十代前半くらいかしら、
と夏海は思った。
りんとした彼のよく通る声は落ち着いて、押しが強く、
それでいて優しく、どこか相手を安心させる響きがある。

これが、ついさっきまでキッチンで冷やし茶づけを食べていた男と
同一人物とは、とても思えない。
よくもここまでバケられるものだとセイは感心しながら、
夏海に一礼し、部屋のドアを開けたまま出ていった。