団地の最上階までたどり着い頃にはすっかり息が切れていたので、
夏海はアルの部屋の前に立っても、すぐにチャイムを鳴らさなかった。
少し休んだあと、目を閉じて大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。

――大丈夫、落ち着いて。

カバンから愛用のスマホを取り出すと、待ち受け画像をじっと見つめた。
二か月前に亡くなった恋人の大翔が、
片手でピースサインを作りながら微笑んでいる。

――ヒロくん、あたし行ってくるね。

気持ちに迷いがないことを確認してから、ドア横の小さなチャイムに
指を伸ばしかけた瞬間、ガチャ、と無邪気な金属音がしてドアが開いた。