「待てよ」



通話ボタンを押そうとしたところで、男に牽制される。


警察に通報されかかっているというのに、特に脅えた様子のない男は、諭すように私に言った。



「警察呼んだら恥かくぞ。俺の姿はアンタにしか見えないからな」

「……警察と一緒に、救急車も呼ぶ?」

「おい、俺は精神異常者でもねえし、薬でラリってる訳でもねえよ」

「じゃあ、時間稼ぎにおかしなフリしてるのね。ふざけないで」

「ふざけてねえよ!なんだよ!アンタが呼び出したくせに」

「私が呼び出した?なにそれ?」



何言ってんだ、この男は。

私は呆れて男を見つめる。


そんな私に、男はゴミ袋を漁り出したかと思うと、つい先程、私が捨てた魔法陣の描かれた紙を取り出した。



「ほら、血!これアンタのだろ?」



男が紙を拡げて見せる。

紙に描かれた円の中心に、目を凝らさなければわからない程少量だが、確かに血がついていた。


さっき指を切ったときについたのだろう。



「この紙、さっきとどこか違わないか?」

「まるめられてシワシワになってて、私の血が少しついてる」

「そういうことじゃねえよ!柄だ、柄!」



私の眼前に、ずいと紙が突き出される。


そういえば、紙の余白が増えたような。

さっき見たときは、もっと字が多くなかったか。

それに。



「……円の中にあった五芒星がない」

「そうだ。つまり、この魔法陣は使用済だ。俺を呼び出してな」

「意味わかんない」

「わかれよ!急に柄が消えてんだぜ!?」

「私の見間違いかも」

「見間違いなんかじゃねえよ!アンタは確かに"悪魔"を呼び出したの!それがオレ!」



畳で殴られて鼻血垂らして、何が悪魔だ。

悪魔なら当然、避けれるのではないのか。いや、悪魔がどんなものかなんて知らないが。



「なんだよ。信じらんねえのかよ」

「当たり前。悪いけど、私、暇じゃないの。警察呼ばれたくなかったら、早く出てってくれる?」

「無理。アンタに呼び出されたからには、俺の主人はアンタなんだ。願いを叶えるまで拘束されちまうんだよ」

「ああ。もう、いいから。そのガキっぽい芝居。そんなの誰も信じないよ?」

「じゃあ俺のことカメラで撮ってみろよ。信じざるをえないぜ」


付き合ってられない。

そう思いながらも、あまりに自信有り気に言う男がつっかかり、私は携帯のカメラ構えたのだった。