「香織」



そんなことを考えていた私は、急に名前を呼ばれてハッと意識を引き戻す。

いつになく真剣な表情の悪魔の顔が随分近くにあって驚く。

悪魔はまっすぐに私を見つめた。



「香織。俺もアンタのこと、これからは名前で呼ぶからさ。俺も名前で呼んでくれよ」

「べ、別にいいけど」

「よっしゃ!じゃあ早速呼んでくれ!」

「……ベル」



異様に喜ぶ悪魔に戸惑いながら、悪魔の名前を呼ぶ。

用もないのに名前を呼ぶなんて、なんだか気味が悪い。それになぜか恥ずかしい。

顔に熱が集まってくるのを感じる。


悪魔を見れば、彼も少し頬を赤らめて、嬉しそうにしていた。



「なあもう1回!もう1回呼んで!」

「は?嫌よ。用もないのに呼ぶなんて恥ずかしいもの」

「ケッ。つまんねえーの」

「なんで、そんなに名前にこだわるのよ」

「いや、俺達、それなりに仲良くなったじゃん?もっと仲良くなるには、やっぱ名前で呼びあわねえと」



もっと仲良くなる必要がどこにある。

私はそう思ったのだが、こうなってしまった悪魔はしつこい。

面倒を回避するには妥協が1番だ。

私は大人な対応を決断した脳を、溜息混じりに称賛しながら悪魔の名を呼ぶ。



「ベル」

「お!分かってくれたんだな!」

「妥協よ」



ふわっと欠伸が出る。

そういえば、今日は1日寝て過ごすつもりが、ハードな1日になってしまったものだ。


私は、静かになった悪魔に家の近くのバス停で起こしてくれるように頼んで、瞼をおろしたのだった。