「嵐のようだったわね」

「俺も驚いた。こんなとこで会うなんてなあ」



服が詰まった紙袋を抱えて、帰りのバスに揺られる。

悪魔は車窓から私に視線を移して柔らかく微笑んだ。


たった1時間の間に起きた出来事なのに、私はすっかり狐につままれたような気分だ。

しかし、悪魔は違うらしい。


私が死ぬまで人間界に留まると決めた悪魔にとって、彼らに会えたのは幸運なことだったのだろう。



人の一生は80年。

私は今25才。


病気や事故などがなければ、あと50年以上は生きられるだろう。


人間より遥かに長生きな悪魔にとって、50年など微々たる時間なのだろうが、時間の流れは変わらないはずだ。


時間は平等に流れる。



50年は会えないはずだった親しい知人に会えたのだから、嬉しくないはずはない。



「なんだよ?」

「別に。……あ。それより貴方の名前聞いたわよ」

「……アンタ、俺の名前知らなかったのかよ」

「だって貴方。自己紹介してくれたことなかったじゃない」



気まずくなったので、話題を名前に変えると悪魔は意図しないところに勢いよく食いついてきた。

何やら不満気だ。

今迄、私が名前を知らなかった事を怒っているらしい。

でも……。



「貴方だって私の名前知らないでしょう?おあいこよ」

「松永香織だろ」

「え、ウソ。なんで」

「会ってすぐのとき、通帳で見た」

「あ」



そういえばそうだった。勝手に金を下ろされて、テレビ代に充てられたのだった。

しかし、2ヶ月も前なのによく覚えていたものだ。

バカそうに見えたが、案外、悪魔は記憶力が良いらしい。


そう、ひとり納得していると、悪魔が真剣な表情で私を見つめてきた。

いきなりなんだ、と思ったら、悪魔は意味の分からないことを言い出した。



「なあ、呼んでくれよ」

「は?」

「だからさ、俺の名前!聞いたんだろ?」

「そうだけど、必要ある?」

「"貴方"なんてよそよそしいじゃねえかよ」

「よそよそしいって。私達は他人でしょ?」

「……もう2ヶ月も一緒なのに他人かよ」

「だって、友達でも同僚でもないじゃない」



思えば悪魔と私の関係ってなんだろうか。

上手い言葉が見つからないが、とりあえず居候だろうか。