教官によると、こういうことは下位の悪魔ではたまに起こるが、上位の悪魔ではまずないらしい。


下位の悪魔は簡単に呼び出せてしまうので、大した望みもなく遊び感覚で呼び出す人もいる。

そのため望みのない人に当たってしまう確率も高いようだ。


だが、術式の準備に苦労する上位悪魔を呼び出すのは強い望みがある人だけだ。

望みがないなんて言われて帰れなくなるのは稀である。


そして万一、そうした状況になった時、下位悪魔よりも上位悪魔のほうが辛いらしい。


下位悪魔は下等な術式で呼び出されるので、小さな望みでも叶えれば元来た道を帰ることができるが、上位の悪魔はそうはいかない。


高位な術式で創られた道をもう一度辿って帰るためには大きな望みを叶えることが必要だ。

そうなると依頼主が支払う対価も大きくなる。

望みもないのに魂を半分以上も取られるのは御免だと、私のように望みを言うことを拒否してしまう人が殆どだそうだ。

そうすると悪魔は長期に渡り人間界に留まることを余儀なくされてしまう。



「まあ。依頼主である人間を殺し、無理矢理魂を食ってしまえば問題ないのですがね」

「いや、それ、私たち人間にとっては大問題ですよ」

「でしょうな。ですが、大体の上位悪魔はそうするのですよ。私の父もそんなことがあったと話していましたが、依頼主を殺してすぐに帰ってきましたから」



恐ろしいことをさらりと言う教官に血の気が引く。

暖かな紅茶で温まった身体が再び冷えていくのを感じた。

しかし、そんな私を見て教官は愉快そうに笑い、安心させるように諭してくれた。



「ベル君に君を殺すつもりがあったのなら、もうとっくにそうしてるはずですよ。安心しなさい」

「彼の気が変わったら?」

「その時はわかりません。ですが、今の彼を見る分には、君に手を出す気など微塵もないように見えますよ。なかなか人間界が気に入ってるようだ」



やれやれと首を振る教官。

さっきまでの威圧感は消えており、手のかかる教え子を見るその眼差しには愛情すら感じられた。



「教え子が可哀相な目に合っていたら、依頼主をどうしてやろうかと思ってましたが。君ならベル君と上手くやれるでしょう」

「"どうしてやろうか"って、物騒ですよ」

「いやはや失礼。私は教え子には過保護でしてね」

「そのようですね」



教官はにこやかに微笑んだ。