「いかにも。彼の名前です。それにしても、君とベル君はもう二カ月以上一緒に暮らしているのですよね?それなのに名前も知らないのですか?」

「名前で呼ぶ機会なんてありませんから」



だって、悪魔以外の悪魔に会うなんて思ってもみなった。

私の知る唯一の悪魔が彼なのだから、呼び名は「悪魔」で十分だったのだ。


そう答えた私に、教官は悪魔を憐れみの眼差しで見遣る。なんだか私が悪いことをしてしまったかのようだ。

確かに、二カ月も一緒にいながら名前を知らないのは失礼だったかもしれないが、名乗らなかったのは彼だ。

名前で呼べと言われたこともないのだから、私が全面的に悪いわけではないと思いたい。


私だって悪魔に名前を呼ばれたことはないし、自己紹介もしていない。

だから、悪魔だって私の名前を知っているのか定かではないのだ。



「そうだ。いくつか気になっていることがあるのですが、質問をしてもよろしいですかな?」

「ええ。どうぞ」



悪魔から私に視線を戻した教官が唐突に切り出す。

さっきまでとは違い、少し威圧感のある雰囲気に、圧倒されながらも私は話を促した。



「彼が人間界に留まっているのは、彼の意志ですか?」

「はい?」



思わぬ質問に、私はつい聞き返してしまった。

悪魔が、人間界にいるのは、私の望みを叶えられていないからだ。

私がそう答えると、教官は何も知らなかったようで、また的外れなことを尋ねてくる。



「君の望みは、そんなに叶えがたいものなのかね?彼が苦戦するとは思えないのだが」

「いえ、苦戦も何も私には望みがありませんから」

「なんと。では、なぜ彼を呼び出したのです?彼ほどの悪魔を用もなしに呼び出すとは。術式を創るのには相当な苦労を要するはずですが……」

「事故だったんです」



悪魔を読んでしまった、間抜けな経緯を話すと、教官は呆れたように黙り込んでしまった。



「……ベル君は運が悪い」



ぼそりと教官が声を漏らす。確かにと頷く私に、教官はため息をついた。



「君が呼んだくせに他人事のようですね」

「だって事故でしたから。私だって被害者ですよ。ある日いきなりプライベートが無くなったんですから」

「まあそうですがね。こういう事は上位の悪魔ではなかなか珍しいんですよ。人間界では力が制限されますしベル君が不憫でなりません」