「頂戴」

「え」

「傘よ。持ってきてくれたんでしょ」



私の言葉に、悪魔は一瞬呆けたあと、慌てて傘を差し出した。


私はそれを受け取り、土砂降りの雨の中に入る。

悪魔もそんな私の隣に並んで、駅まで二人で歩いた。



「二人で外出るなんて初めてだな。もうすぐ2ヶ月なのに」

「そう?」

「そうだよ!いっつも俺は留守番だからな」



悪魔は心なしか嬉しそうだ。こんな雨なのに、よくそんなテンションでいられるな、と私は半ば呆れ、半ば感心してしまった。

しかし、よくよく見れば、悪魔は雨に濡れていない。



「貴方。濡れないのね」

「まあ、なんせ悪魔だからな。雨を避けることなんて朝飯前だ」



なら傘はいらないじゃないか。

しっかりと傘を差している悪魔を見て思う。

しかし、差していないのに濡れないのは不自然かと、すぐに思い直した。



「……便利ね」

「あれ?アンタ、雨嫌いなの?」

「嫌いよ。不愉快だもの。濡れると気持ち悪いし、洗濯物が増えるからいいことない」

「ふーん。そういうもんか」



濡れない悪魔は、いまいち雨の不快感を理解できないらしい。

しかし私の苛立ちは伝わったらしく、悪魔はうーんと唸ったあと、ある提案をした。



「早く帰りたいなら、飛んで帰るか?」

「は?」

「俺、雨好きだし、二人で電車で帰るのも楽しいかなと思ったけど、アンタ雨嫌いみたいだからさ。来て」

「ちょっと!」



いきなり腕を捕まれて、細い路地に引き込まれる。



「傘たたむぜ」

「ちょっと!なにすんの!」



傘を奪われたかと思うと、悪魔の右腕に抱き寄せられる。

突然のことに驚いて固まってしまい、我に返って悪魔を突き飛ばそうとしたときには、私の足は地面からすっかり遠退いていた。

悪魔が大きくジャンプしたのだ。8階建てのビルを越え、障害物がなくなったところで、悪魔はバサリと翼を拡げた。



「おいおい、押すなよ。落ちて死ぬぞ」


そう言われた私は、仕方なく、悪魔にしがみついた。

悪魔は満足気に頷く。


「しっかり捕まっとけよ」



悪魔はそう言うと、一気に羽を動かして風に乗ったのだった。