「今は……」
「いないのか」
「特定の人はいない。ただ、家政婦を……」
「雇いたいのか?」
「忙しいから」
「権利は?」
「……ない」
息子の落胆に近い言葉に、グレイは納得したように頷く。
家政婦を雇うのは大体、A階級の人間が多く、いくらシオンが統治者一族とはいえ今はB階級の人間。
簡単に家政婦を雇える身分ではない。
それを知っているグレイは、アムルに頼んで裏工作をしようかと言い出す。
「裏……工作」
「嫌なのか?」
「嫌ということはないけど……」
「科学者として生活したいと言ってB階級の地位を習得した時、アムルに裏工作を頼んじゃないか」
「そうだけど、また……」
「不服か? 忙しいと言い、家政婦を欲していたじゃないか。それに、これくらいは何とも思わない」
グレイの話では、他の統治者一族はもっと酷いことを行っているという。
だからこれくらいは何ともないと言い放ち、シオンを驚かす。
しかしこれくらいの度胸がなければ、統治者としてやってはいけない。
また、誰にも迷惑が掛からないから平気と、グレイは付け加える。
「と、父さん」
「親馬鹿と思うか」
「そうは、思わないけど……」
「家政婦を雇うのなら、雇った者を大事にするように。相手によって、厳しく当たっているようだが……」
階級から来る差別ほど厄介で、根深いものではない。
彼等にとって自分の階級より下の者を好き勝手に扱っていいと考えているからこそ、非情に扱う。
だが、家政婦がいるからこそ楽に生活ができ、自由な時間が作れる。
それを理解しているのか、していないのか――グレイは嘆く。
文明文化が発達していく反面、人間の心は衰退していく。
だからこそ人間はドームの外に出て、浄化された美しい空気を吸わないといけない。
このまま澱んだ空気を吸い込み続けていれば、ドームの中で暮らしている者同士が争いを起こしてしまうのではないかと、グレイは危惧する。


