それは、白い材質で作られた細い腕輪。
この腕輪により女の人が、自分と同等の階級ではないと知る。
腕輪を身に付けている人物は、一般的に〈家政婦〉と呼ばれる職業に就く者達。
シオンがいる階級から上の者は下の者を家政婦として雇え、掃除洗濯・家事全般を任す。
彼女もその家政婦の一人で、雇い主の命令で早朝からの買出しに出向いたのだろう。
相手は階級が上のシオンの存在に気付くと、どこかオドオドとした態度を取りながら雇い主の自宅へ急ぐ。
彼女が不意に見せた行為こそが、ドーム内を支配している階級差を表すものであった。
(家政婦……か)
彼女の後姿にシオンは、ポツリと心の中で呟く。
家政婦を雇えば現在の生活が楽になるが、実生活全般を任せられる人物はそう簡単に見付けられない。
ましてや、雇うのは自分より階級が下の者。
彼等を信用していないわけではないが、不安感がないといったら嘘になってしまう。
それに家政婦を雇える階級にいるからといって、簡単に雇えるものではない。
それ相応の手続きを行い、雇うに相応しい人物か見極められる。
シオンは詳しくは知らないが、職業や年収と学歴等、あらゆる面が関係してくるという。
つまり家政婦を雇えるのは、一部の限られた人物のみ。
家政婦は一種のステータスのようなもので、雇える雇えないで同じ階級同士でも差が生じる。
幸い、先程の彼女は雇い主と上手くいっているのだろう、雰囲気的に特に問題は見られない。
雇い主の中には階級を盾に取り、家政婦相手に好き勝手に振舞っている者も多くいると聞く。
このあたりが下の者が上の者に反感を抱く原因になっていると、シオンは考えている。
(まあ、いい人がいれば)
下部に赴き、家政婦に相応しい人物を捜す――というのが手っ取り早い方法だが、いかんせんシオンの科学者の仕事は忙しい。
唯一理由を持って下部に行けるのは最下層の大気調査だが、シオンはじゃんけんに負ける気はないし、休暇を勝ち取る時に用いた方法を使い気もない。
誰かにいい人材を見付けて貰う方法が一番手っ取り早いが、同僚の中に下部に知り合いがいるとは限らない。
それ以前に、彼等は下部に行きたがらないのだから話にならない。
しかしそれは雇える前提の話で、シオンは自分が家政婦を雇えるに適しているかどうかわからない。
自分にとって夢のような話に苦笑すると、シオンは店がある方向に向かい歩き出す。
その途中、空腹を訴える腹が鳴り出し限界だと知らせてくる。
「腹減った」と嘆いたところで食事にありつけるわけではなく、ただ目的の場所に向かい空腹を満たしてくれる食べ物を買うしかない。


