自分より下の者がいる。
それだけで、どれほど精神を正常に保つことができるのか。
ドームという閉鎖した空間の中で正常に生きていけるのも自分達を縛り付けている階級で、下部に生きている一部の人間。
あの三人の男女も言葉で表していないが、下部の人間を見下している。
見下しているからこそ上部で暮らしている者達に不平不満を漏らさず、現在の生活を満喫しているといっていい。
彼等のやり取りに、シオンは浮かない表情を作る。
彼は汚染された外界の世界を知っており、尚且つ仕事で下部に行った経験を持っている。
その過程で下部の生活スタイルを目撃しているので、彼等のように下部の人間を見下すことはできず、寧ろ同情心が湧いてくる。
ふと、電車の中に隣駅の到着することを知らせる機械的なアナウンスが流れる。
ドア付近に陣取っていたシオンは開閉の邪魔になってはいけないと、ドア付近から退散し場所を作る。
同時に電車が駅に到着し、車内の乗客とホームで待っていた乗客が入れ替わっていく。
先程の三人の男女もこの駅で下車するらしく、和気藹々とお喋りを続けながらシオンの目の前を通り過ぎていく。
その時、彼の耳に届いたのは一人の男の声音。
「下の人間は、所詮ゴミといっていいよ」これこそがドームで生きる人間の本音であり、心の中に広がる闇そのもの。
それを耳にしたシオンは、言いようのない不安感に苛まれる。
浄化プロジェクトが成功し、ドームの中で暮らしている人間が一斉に外の世界に出た時、果たして何が起こるのか――
明確な階級の中で生活している今、外へ出た途端、階級は無意味な制度になってしまう。
だからといって長い年月当たり前となっている制度を瞬時に捨てられるものではなく、ましてや頭の切り替えは不可能。
それに捨ててしまえば、精神面の安定を図れなくなってしまう。
結果、起こるのは――
刹那、ドアの閉まる音が耳に届く。
その音に、シオンは我に返る。
今、彼が考えていたのはあくまでも憶測に過ぎないが、現実に有り得ないという保障もない。
文明や文化。
それに追随して進歩してきた科学力。
しかしそれにより人間にとって一番大事なものを失ってしまったのではないかと、シオンは危惧する。
シオンは重い身体を預けるように電車の壁に寄り掛かると、窓の外に広がる光景に視線を向ける。
天井に広がっていた夕方をイメージさせるオレンジ色は時間の経過と共に色彩は失い、漆黒の闇へと変化していく。
その中に点在しているのは、夜空の星を連想される無数の明かり。


