アメット


 不安定の出生率は、人間が生きていく上での戦略的観点から母体が見に付けたものなのか。

 しかしシオンは科学者であって医師ではないので、憶測は悪い妄想を生み出してしまう。

 自分達が暮らす閉鎖された空間を楽園と呼ぶべきか、それとも牢獄と呼ぶべきものなのか。

 外界の汚染された空気から守ってくれる点では楽園と呼べなくもないが、人間の間に存在する階級の差は多くの者を縛り付ける。

 そして、一部の者は牢獄に閉じ込められた囚人のように呻く。

「俺は……」

 シオンが囁く声音が、空中で霧散する。

 またドーム内を対流する空気が打ち消し、誰の耳に届くことはない。

 この閉鎖空間で生きていく上で、悩みは尽きない。

 だが人類にとって唯一の安住の地というのは間違いないと、外界から帰還する度にシオンは思い続けている。

 カードを翳し駅の改札を抜け、ホームがある二階部分へ昇るシオン。

 するとタイミングよくホームに電車が到着し、ドアの開閉と同時に車内にいた乗客が一斉にホームへ流れ出る。

 シオンの視界に映る乗客の殆んどが、彼と同じ階級の人間といっていい。

 いや、一部に上の階級の者もいるが、誰も好き好んで人が入り乱れている電車を利用するわけがない。

 彼等は彼等で自分の階級をフルに利用し、シオンと同様の階級の者に命令し自由に生きている。

 階級――その二文字が脳裏に過ぎると、研究所での出来事を思い出す。

 それはアイザックと共に休憩中に出会った、あの上の者に媚を売っている人物だった。

 思い出したくもない人物の顔を思い出してしまったことにシオンの顔が歪むが、瞬時に冷静さを取り戻し乗車する。

 ドアが閉まり、電車が発車する。

 自動運行のこの電車は発車時の揺れは感じられず、勿論走行時も常に安定している。

 そして唯一耳に届くのは、独特の走行音と乗客の喋り声だった。

「俺、いつか上へ行く」

「本気か?」

「無理じゃないの」

「やっぱり、無理かな」

「階級が低く、追い出されるのがオチだぞ」

「だよな」

 ふと、三人の男女のやり取りがシオンの耳に飛び込む。

 三人の中の一人の男が望んでいるのは、ドームの上部へ行くというもの。

 複数の階層から成り立っているドームだが、自由に行き来できるわけではない。

 これにも階級が関係し、シオンも男と同じく上の階層へ上がることは許されない。