部屋に戻ると、紺は畳の上に突っ伏して寝ていた。ぺたぺたと裸足で畳を歩く音と、薄く開いた唇から漏れる寝息が交じる。

なにもない場所。

私はこの瞬間日常から切り離された場所にいて誰かに連絡をする手段も誰かから連絡を受ける手段もなくて、あるのは僅かな荷物とお金と道中で拾った少年だけで。


もっと、軽くなれる。そう思っていた。


なにもない場所は思ったほど軽くも優しくもない。なにを捨てたら、どこに行ったら、私は私を取り巻く一切を振り落とせるのだろう。どうして昨日の私と今日の私は連続しているのだろう。リセットボタンを押したらデータがまっさらになるゲームのように、どうして私はリセットできないの。


このまま、目を覚まさなければいいのに。

紺の寝顔を見ていたら、あの日に考えたことを思い出してしまった。途端に自分が恐くなった。息の上がってくる感覚に鳥肌がたつ。紺を背にして寝転び、ゆっくり呼吸をととのえる。