しかし私は見逃さなかった。その男の腕は小刻みに震えている。きっとこんな事件を起こすつもりなどなかったのだろう。少なくとも計画的ではないはずだ。衝動的に行動を起こしてしまって、後に引けなくなったのではないか。自棄になっているようにも感じる。


「あんたに行動を制限される覚えはない」


言い返すと、人々ーーざっと数えて犯人と人質の他に全部で六人ーーは一斉にこちらに視線を送った。大半は刺激するようなことを言うな、と言ったような迷惑さを訴えかけてくるものだった。


「お、おとなしくしないと」

「おとなしくしないと何よ」



咏は生きることに欲がないように見える。


そう言ったのもたしか、アノヒトだっただろうか。それはおおまかに言えば的を射ているとは思う。常にいつ死んでも構わないと思いながら生きている。今だって。


「……」


拳銃でも持っていれば、撃つぞ、と言うところなんだろうが、残念ながら男の手にあるのは小さなナイフだ。ナイフひとつで立て篭もろうだなんて、度胸があるよ。


「紺、行くよ」

「あ、うん」


ぐるっと周りを見渡すと、紺を筆頭にその場にいた人々はみな、唖然としていた。ぽかーん。まさにそんな感じ。

すると再び歩き出そうとした私に、男は打って変わってへなちょこな言葉を吐いた。