『感情? 感情を、見てきたのですか?』

彼女は驚いたように目を瞠ったあと、ぱっと頬を染めた。その表情からライトは目が離せなくなった。

こんなにくるくるとよく表情の変わる人間は見たことがない。だから目が離せないのだと思った。それはライトにさらなるとまどいを与えた。

ライトはとまどいながら問うた。何を想っているのかと。すると彼女はこう答えた。

『それは…あなたです。あなたのことを想っているのです! …私はあなたのことが、好きなのです!』

彼女の瞳は不思議な熱を帯びて自分をみつめていた。

好き、その言葉が頭に轟いた瞬間、ライトはなぜか激しい怒りに駆られた。

―ふざけるな! そんなこと、あるはずがない…!

そう思った。だから彼女を剣で刺し貫いた…。

あの時の感触がまざまざと蘇り、ライトは右手をのろのろと空にかざす。彼女の命を奪った指の間をすり抜けて、雪はライトの睫毛に、頬に、唇に落ちる。

なぜあの時自分は怒りを感じたのだろう。…わからない。なぜ聖乙女は自分を好きだなどと言ったのだろう。…わからない!

―好きとはなんだ?

彼女に問いたい。けれどもう彼女はいない…どこにもいないのだ…。

枯れ果てたと思った涙がまたあふれてきた。それはあまりにも冷たく、頬をすべりおちていく…。

―白い雪は、涙に似ている…。

―冷たく儚く、どこまでも静かで、今にも溶けて消えてしまいそうなのに、あとからあとから、とめどなくあふれてくるのだ…。

この涙がなんなのか、ライトにはわからない。ただわかることは、自分が衝撃を受けているということだけだ。
立ち直れないほどに。

なぜだ。わけがわからない。理解不能だ。それなのにライトはこう思うのだ。

―何もなくなってしまった…。

おかしいではないか。最初から、自分には何もないというのに…。

溶けた雪がつぅ、と頬を滑り落ちる。涙のように。

それが涙なのか雪なのか、もうライトにはわからなかった。