リュティアの姿を見て、カイは心底から安堵した。脱力感すらおぼえるほどだった。そのせいでリュティアの様子にまで気を配ることができなかった。だからそのまま身を翻そうとした。

「よかった…リュー、さあ、帰ろう」

当然リュティアがついてくるものと思っていた。だが…

「…あなたは誰…?」

か細い声の問いかけに、すでに歩きだし始めていたカイは凍り付いた。

思わずがばりと振り返ると、リュティアは立ち尽くしたままだった。

顔を覆っていた白い掌はわずかに外されており、その時はじめてカイはリュティアがたとえようもないほど悲しい表情をしていることに気がついた。

カイは喉の奥から情けないほど上ずった声を押し出した。

「誰って…私がわからないのか?」

「わからない…何も知りたくない…」

きっと頭が混乱しているのだろうとカイは思った。いや、何かここが心の世界である関係で、記憶がおかしくなっているのかも知れない。

とにかく時間がない。この際細かいことは気にしていられなかった。

「迎えに来たんだ。とにかく、帰るぞリュー」

カイがリュティアの腕を引こうとすると、リュティアは激しい動作で抗った。そしてはっきりとこう言った。

「いやです」

カイは絶句した。そんな反応は思ってもみないことだった。