聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~

寝室のベッドに腰掛け、リュティアがこれからの戦いを思って静かに拳を握りしめていると、不意に遠慮がちな声がかかった。

「リュティア女王、まだ起きているか」

不寝番のアクスだ。

「はい。なんでしょう?」

「こいつが用があるそうだ」

「やっほ~、乙女(ファーレ)」

アクスの影からひょっこり顔をのぞかせたのは、パールだった。

「久しぶりに本でも一緒に読んでから寝ようよ」

その台詞に、リュティアは戦いを思って張り詰めていた心が和むのを感じた。

「いいですね。そうしましょうパール」

「じゃ、ちょっと失礼して」

いかにも大きな本を抱えて、パールが寝台のリュティアの隣に腰掛ける。アクスもその様子に瞳を和ませてから、くるりと踵を返す。

「何の本ですか?」

リュティアが目元を緩めながら優しく声をかけた時だった。

パールが急に本を床に落とし、リュティアに向き直った。

リュティアは何かがおかしいと思った。パールは、こんなふうに本を乱暴に扱う子だっただろうか。

「パール…?」

「ごめんね」

囁くようなパールの声が耳に届くのと、みぞおちに激しい痛みが走ったのはほぼ同時だった。

わけもわからず意識を手放したリュティアの体を、パールはなんとか担ぎあげる。

「お前たち、頼んだよ」

パールの声を受け、窓ガラスを割って寝室に侵入してきたのは、なんと漆黒のたてがみに赤い角を持つ魔月たちだった。一匹の背中に、虹の額飾りと虹の指輪を身につけたリュティアを乗せ、パールは虹の錫杖を持って、窓枠に立つ。

「さあ、グランディオムへ」

パールのぞっとするほど冷たい表情を、月が見下ろしていた。

それはいつものように優しい月ではなかった。

赤く膨れ上がった、魔の月だった。