「あ~…」


最悪。嫌な事思い出した。
嫌悪を孕めた声を唇の隙間から漏らしつつ、記憶の引き出しから顔を出したあの事件を無理矢理押し込め漕ぐスピードを上げる。


暗闇にもようやく目が慣れてきた。もうかれこれ5分近くは走っただろうか。


やっと見えてきた、暗がりでもしっかりと存在を主張する大きな木にフゥ…と息を吐く。たった数分自転車を漕いだだけで息が上がるのは自身の体力の無さを物語っていた。


私は丘に着くと大きな木の近くに自転車をとめた。時間も時間だし当然だけど、辺りには人っ子一人いない。私だけだ。

だから盗まれる心配もないし自転車の鍵は付けっぱなしで平気だろうと思いつつ、日頃の癖で鍵を抜いた。

癖というのは無意識に起こるもの。

私はアヒルのキーホルダーが付いた鍵をズボンの左ポケットにしまった。
私は家の鍵でも、学校のロッカーの鍵でも、鍵だったらいつも左のポケットにしまっていたのだ。