駅のホームではギターの演奏も終わり、それぞれが亮との別れを惜しんでいた。
ギターをひいていたのはノブらしい。
ケースにしまいこんでふと顔をあげた時に目が合った。
(しまった。)
1番見つかりたくない相手だった。
他の人たちはあまり面識がなかったがノブにはすぐに寛美が分かった。
ノブはすぐに亮に耳打ちをし、亮が寛美を見つけた。
寛美は慌てて顔を伏せた。
会う勇気がでなくて立ち尽くしていたのに、すごく恥ずかしくなった。


ジリリリリ…隣のホームに電車が入る音が鳴った。
人垣はざわつきすぐに静けさを取り戻した。
柱の陰でうつむいていた寛美も恐る恐る顔をあげた。
すると近くに亮がいた。
寛美の2,3歩離れたところに立っていた。
おととい別れを告げられた亮がいる。
寛美は頭が真っ白で手に持っている物も忘れ、呆然と立っていた。
あたりは電車から乗り降りする人が行き交い、雑然としていたが寛美には亮しか見えなかった。
「見送りに来てくれてありがとう。」
寛美の目から涙があふれた。
亮の優しい声を聞いてすべての感情があふれた。
そして納得した。
寛美は本当に亮が好きなのだ。
だが、亮には受け入れてもらえない。
それがこの距離だ。
「電車の中でヒマだったら聞いて。」
小さな声しか出なかった。
持っていたCDを渡した。
やっぱり言葉では何も伝えられなかった。
また電車の入る音が鳴った。
亮が乗る電車だ。
「じゃあ。」
と、手を振った次の瞬間、亮は寛美の頬に手をやり唇にキスをした。
ほんの一瞬で、寛美が目を開けた時には亮は友人の元へ戻りカバンを持ち上げていた。
(どうして?)
寛美が理解しようとしていたものが崩れた。
亮はもう電車に乗り込み、友人の見送りを受けていた。
寛美のところからはもう見えなかったが、寛美は一点をみつめていた。
亮がどんな気持ちなのかどんな表情なのか考えただけで涙が溢れた。
2人で過ごしたこの1年間、悲しいことも楽しいこともたくさんあった。
別れがよぎった時も、遠距離で続くことを信じた。
でも、亮はそれを終わらせた。
なのになぜ?
寛美の頭の中は混乱していた。
ジリリリリリ…
電車の扉は閉まり、ゆっくりと動き出した。
2,3人は電車を追いかけて走ったがすぐにとまり立ち尽くした。
電車の影が見えなくなると友人達は散り散りにホームの階段を降りて行った。
ノブだけが何か言いたげだったが、そのまま走り去った。
電車はすべて出てしまい、人々もいなくなった。
風が吹き抜けた。
寛美の涙はもう乾いていた。
あの電車は寛美のすべてを乗せて走り去ってしまった。
残されたのは3月の冷たい空気と霞がかった青空だけのような気がした。