空には入道雲が湧き、窓を閉めていてもセミの鳴き声が聞こえて来るほど盛んにないていた。
夏真っ盛りの暑い日だった。
スコールのような雨の後には、蒸しかえるほどの暑さが街を覆った。

そんなざわめきとはかけ離れた世界のような場所に寛美はいた。
そこはオルゴールミュージックが流れ、ガラス越しには産まれたばかりの小さな命達が気持ち良さそうに寝ているのが見えた。
寛美がじっと眺めていると、亮が寛美の肩をポンと叩いた。
「起きてて大丈夫?」
「うん、平気。部屋にいても落ち着かなくって見に来ちゃった。」
「どこ?」
「ここ、手前の、ピンクの服来た子。」
「あ、ホントだ。」
「かわいいね。まだ眠ってる。」
「小さいな。」
産院のベビー室には5人の赤ちゃん達がいた。
その中に桐谷寛美ベビーと名前の書かれた子がいた。
亮に似て顔が小さく鼻はぷくっと高く、口は綺麗なピンク色の小さな口をしていた。
まだ産まれて6時間も経ってないので保育器に入っていた。

2人がじっと見ていると、奥から助産師が出て来て2人に気づいた。
「もう落ち着いてるからお部屋に連れて行ってもいいいですよ。」
といいながら、保育器からベビーをだし、ふかふかのバスタオルにくるむと部屋から出て来てベビーを寛美の腕の中に手渡した。
「温かくしてあげてね。」
寛美は慣れた手つきでベビーをだき、亮とともに部屋に戻った。
ベビーは目を閉じたままスヤスヤと寝ていた。
「抱っこする?」
「いや、まだいい。寝かせてあげて。」
ベッドの真ん中にベビーを寝かせ、両方からみつめた。
「亮に似てるね。」
「可愛い子になるね。」
「字、決まった?」
「うん。紗と彩でさや。どう?」
「女の子らしくて可愛い。」
「紗彩ちゃん。」
「紗彩。いい名前だね。」

しばらくするとドアをノックする音が聞こえた。
返事を返す間も無く、ドアが開き鈴と航が入ってきた。
「あ、さやちゃんがいる!」
「抱っこさせて!」
「しぃー‼︎」
慌ててふたりは口をつぐんだ。
鈴と航もベッドに腰掛けみんなで紗彩をかこんだ。
「小さいね。かわいい。」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんですよ。」

そこには確かに家族がいた。
お互いを慈しみ合う夫婦とかわいい子供たち。
始めての出会いの夜から18年の月日が過ぎていた。
これからは嬉しいことも辛いことも全て分かち合い、さらに時を重ねていく。
いつか年老いて、縁側でお茶でも飲みながらのんびり猫と孫達に囲まれた自分達を夢見て。