疑いだしたらキリがない。それまでの全てを否定して何もかもが嘘に思えてくる。
大切にしてきた思いも何もかも。大切なものが何だったのかなんてどうでも良くなる。
真実は何なのか、それが信じられるかどうもかも分からないが、それを突き詰めたくなる。
底なし沼に一歩足を踏み入れたかのように、もがけばもがくほど苦しくなり、落ちていく。
真実は自分の心の中にあることすら忘れさせてしまう。

寛美は笑わなくなった。
今までずっとついてきて、やりたい事が見つかるまで亮を支えてきたつもりだった。それが今、裏切られたような気がしていた。
「今日も遅かったね。」
「仕事が終わらなかったんだよ。」
「ふーん。」
雰囲気の悪いまま寛美は食事の用意をした。自分は食べなかった。亮と一緒に食べたくなかった。
さやかと遊ぶふりをしてタイミングを見計らっていた。
「この前、携帯見ちゃったんだけど、仲のいい女の子がいるの?」
「みたの?」
「ごめんね。久しぶりに話したらこんな話で。」
「別に疑われる事は何もないけど、寛美次第じゃない?」
「信じたいけど不安なのよ。家に帰ってまでメールしなくてもいいじゃない。」
「分かった。もうしない。」
亮は立ち上がり食事を片付けた。寛美は泣くのを必死に我慢してさやかを抱きしめた。

寛美はまた亮の隙をみて携帯を見た。
もうしないっていったのを確認するためだった。2人はあれ以来まともに口をきいていなかったので、亮に直接聞かなかった。
メールは続いていた。しかも寛美に見られたから夜はしないとまであった。
寛美は愕然とした。
今までの事はなんだったのか。亮にとって仕事が起動に乗ったら自分はもう要らないのか。
夜勤で夜いない間亮が何をしているのか考えただけで辛かった。
相変わらず2人の会話はほとんどなく、気まずい時間だけがすぎた。
思えば付き合い出して5年が経っていた。寛美は疑い悩む事に疲れていた。
いつものようにさやかを膝にのせ、ゲームをしている亮に切り出した。
「私たちもうダメかな。」
「なんで?」
「一緒に居たって話もしないし、亮は仲のいい子と続いてるんでしよ?」
「しんじられない?」
「なにをしんじればいいの?」
「別れたいの?」
寛美は核心をつかれ動揺した。
「このままじゃそうなっちゃうよね。」
寛美は亮に否定し続けて欲しかった。だが亮も仕事で疲れた上に、家では気を遣う生活に疲れていた。
「信じられないのなら終わりにしよっか。」
嫌だとすがりたかった。だが寛美にはそんな力も残っていなかった。
「そうだね。」
寛美のなかで何かがふっきれた。
「家も車も私の名義だから置いて行って。」
「俺がでていけばいいんだな。」
「そう。さやかも私が面倒見る。」
「分かった。」
亮はしていたゲームを片付け携帯を持って家を出て行った。
部屋のなかは静まり返っていた。寛美は座ったまま放心していた。
本当に出て行ってしまった。この5年間が終わってしまった。失った辛さが寛美に襲いかかった。
そう思って寛美は泣いた。最初はシクシクと、そしてだんだんと嗚咽をあげるように泣きはじめた。まるで亮に届くように、誰かに助けてもらいたいように。声をあげても部屋の中に空しく響くだけだった。
亮は戻っては来なかった。3月のまだ寒い夜の中、いくあてはあるのだろうか。女のところにいけばいいのか。合点がいくと泣いてる自分がみじめになった。
さやかは寛美にすり寄り甘えた声で鳴いた。
「2人になっちゃったね。」
亮と寝ていたベッドは使いたくなかった。その夜はさやかの好きなこたつで一緒に眠った。