その瞬間。

後ろにいたソープ嬢が、

「あ、同じお酒やん」

と言った。

すると。

「…お嬢さん、乾杯」

老紳士が初めて声を発し、グラスに口をつけた。

「そこの若者にも」

穆のことを指したらしい。

「乾杯」

穆が返す。

気持ち良さげに飲むと、

「まさかキューバリブレを知っている若者がおったとはなぁ」

それまでの沈黙が嘘のように、老紳士は饒舌になってきた。

「これは思い出のあるカクテルでね」

他界した妻が若い頃に北新地でよく作ってたらしいんや、と言った。

「そんなの初めて聞きましたよ」

静が相槌を打った。

「妻がいなくなって、もう飲めんと思っていたら、この店で再会できた」

「そうだったんですね」

静は我が身を愧(は)じるようにうつむいた。

「まぁ年寄りの昔話やからね、言わんでもえぇやろと思って話さんかった」

したが──老紳士は言う。

「今どきの若い者の中にもキューバリブレを知っとるのがおった…ってのが感動やった」

ありがとう、と老紳士は握手を求めてきた。

穆は素直に、

「こちらこそ」

そう言うと握手を交わした。