「手塚さん!彼氏が待ってるよ」
振り返りそう言う彼の視線に、私の体は動かなくなっていた。
渡辺くん・・・。
彼の声は、私たちを茶化すようなものだったが、私に送られた視線は、本当にこの声の主か?と思うくらい、鋭いものだった。
その鋭い視線が外れると、ゆっくりと私の体は解凍されていくように身動きがとれるようになってきた。
「よかったね」
そう言って、鞄を持ち帰って行く理香の後ろ姿を見送るとすぐに立ち上がってすぐに、浩平の元へと走った。
「ど、どうしたの?」
私は、浩平の側まで行くと、ここまで来た真意を聞こうとしたが、爽やかな浩平の笑顔を前にすると、つい緊張してしまう。
「来たらあかんかった?」
首を傾げながら聞く浩平の顔が、少し寂しげなのに気付き、私は首を横に振り否定した。
2年の教室になんて来ることがないから、驚いただけ・・・。
「塾は?」
そして、1番気になっていたことを遠慮がちに聞いてみると、思わぬ答えが返って来た。
「なんか、急に休みになって。ゆかりもバイトない日だろ?
だから、一緒に帰ろうと思って。
でも早くしないと、俺が図書室にいると思って、帰ってしまうだろうから、ホームルームが終わって、速攻来た」
口をキュッと結んだ笑顔で締めると、周りからは「キャー」と控えめながらも黄色い声が聞こえた。
私たちの会話を聞いていたクラスメートは、私の背中を叩きながら「この幸せ者!」と笑いながら教室から出て行った。
その言葉に恥ずかしくなり俯いた私の顔を覗き込んで、浩平は「帰ろう」と笑顔を向けてくれた。
その笑顔に私は静かに頷いて、先を歩く浩平に着いて行くと、こちらを見る視線を感じたので顔を上げると・・・。
また・・・見てる。
渡辺くんが廊下の壁にもたれ、友達と立ち話をしているところだった。
その視線に一瞬体が動かなるような感覚に陥りそうだったので、慌てて目を逸らした。
なんで見てるんよ・・・。
まだ感じる視線に、背筋を伸ばし、浩平の背中を追った。

