エンビィ 【完】





そのままエレベーターが目的地に着くまで、会話はなかった。あたしはあたしで涙が引っ込んで、ユキノという人物についてずっと考えていた。




“泣かない”?



泣かないっていうのは、忍耐と我慢の問題のような気がするけれども、伊織が述べたのは……そんな次元の話じゃない気がする。


もっと根本をひっくり返すような……。




“怖いという感情を持ち合わせていない”?



そんな人間がいるというのか。


あたしのような人間でも死や、さっきみたいに男に襲われるのは怖い。

それすら怖くないというのか。




浮遊感がなくなった瞬間に開いた扉に、あたしを置き去りにしてさっさとエレベーターを降りていく伊織。

これがユキノだったら、こんなあっさりとした態度じゃないんだろう。