エンビィ 【完】





だって、弾いたら恥をかくのは、あたし。




「玲奈?」



微塵も動けないあたしに集中する視線。


でも待って。


本当にあたしが恥をかくはめになる?

たとえ音が可笑しくても、あたしのピアノの腕は、ここにいる大抵の人間が知っている。

きっとピアノの調子が変だって誰かしら気づく。




「玲奈?」



二度目の父の呼び掛けに、あたしはピアノの椅子に座った。


少し弾くだけでいい。

それで音調が狂ってるって、止めればいいだけ話。



鍵盤に指を、這わせる。

意を込めて、小指で強く鍵盤を叩いた。




――――――なんで?



重たい鍵盤を用意したはずなのに。

これはあたしが普段使っているピアノと、同じくらいのもの。そのせいで弾みのついた鍵盤は、強い音を出した。