私はぼんやりと先生との初めての授業の事を思い出していた。

先生の初めての授業の日。私が屋上でひとしきり煙草を吸い終わってから教室のある三階に戻ると、みんなはまだ廊下や階段で立ち話をしたりロッカーで教科書をゴソゴソ取り出したり貸し借りしあったりしながら大騒ぎしている中。紺色のスーツに水色のネクタイを締めた先生が緊張気味に立っていた。でも相変わらず姿勢は良い。

やがて始業を告げるベルが鳴り生徒がゾロゾロと教室に戻り始めた。
先生も落ち着いた足どりで教室に入っていった。

先生は簡単に自己紹介してから早速授業に入った。授業の時も相変わらず愛想はないけれど、図書館で言っていた通り 微笑みを意識してか時折冗談を織り交ぜながら口元に笑みを浮かべて一生懸命饒舌に語っている。

先生の担当は介護概論。要は介護の概念とか様々な現場における仕事の役割や種類、援助方法などを事例を通して勉強するというものだという。

だけど、やっぱり内容は難しくて授業を真剣に聞いている人間はほとんどいない。 先生は今年この講師の仕事を始めたとあって、どことなく授業のコツがつかめないらしい。
話が妙に長すぎたり回りくどかったりもして、授業が始まって30分もしたら生徒の九割は机の上にバタバタと崩れ落ちた。

私も授業の内容なんてほとんど聞いていなかったけどしっかり起きていた。難しい話を教壇の上で一生懸命語る姿がとてもかっこよく思えたからだ。