「でもそれは、結構重要なことだと思う」


その日も俺はアクアの隣で、洞くつに接した岩に腰をおろしていた。


「野球への思いを断ち切れていないってことが?」

「違うの。翔瑚が自分の中でそれを発見したことが、よ。断ち切れていないって認められたのが、重要なことだと思うって言ったの」


俺が思ったそのままを全て打ち明けている相手は、野球そのものを知らなかった。
アクアは野球というものを、ひとつのスポーツであると捉えているだけらしかった。

先入観がないことは、どっちかと言えばメリットの方へ入った。


「翔瑚は逃げてるって言葉を使っていたけど、具体的に、翔瑚が逃げるのと反対側にあるものが何なのか、わからなかったわ」

「それが、野球、なんじゃ……」

「そんなことないわ」


アクアは未知のもののことを真剣に考えていた。


「野球、から逃げるなんてできるわけがないもの。野球は翔瑚を追ったりしない。追わないものから、逃げられるはずはないでしょう」


諭すようなアクアの口調には説得力と真実味があって、いつも感心してしまうほどだった。


「姿勢は逃げに近かったのかもしれないけれど、少なくとも翔瑚は野球と向き合う努力をしていた。逃げてたんじゃないの。背を向けていたっていうのも、ちょっと違う。
たぶん翔瑚はね、目を逸らしていただけ。
後ろじゃなくて、横を向いて、視線を野球から外そうとしていただけ」


歓声の聞こえる球場の隣に、横を向いて立つ人間を想像した。
歓声に目を向けかけ、人間はぎゅっとまぶたをおろした。


確かにその人間に自分を当てはめることは簡単すぎて、人間はとても情けなく見えた。

情けなく見えたけれど、滑稽には見えなかったと思った。


「……断ち切れない思いを自分の中に確認することができた翔瑚は」


アクアは目を細めて言った。


「もう、完全に『野球』の方を向けていると思うよ」


たぶん、アクアはそう言って、俺が野球の方へ向くための最後の一歩を踏み出させた。