「なんか、助けられっぱなしだ」


彼女の顔色を伺いつつ尋ねた。


「何か、お礼とか……」

「お礼、ね……」


彼女は俯き、下唇を噛んだ。言い難いことを言いたげな表情をしている。白い八重歯がのぞいていた。


「……協力して欲しいことが、あるの」


やがて顔を上げた彼女の瞳は、見ていると吸い込まれそうなほど澄んでいた。


祈るような表情が見てとれる。
簡単にできる協力、ではなさそうだ。


しかし、彼女のおかげで今を生きていられる俺に断る理由は何もない。

生まれてこの方感じたことのない、鼓動の激しさなんかを抜きにしたとしたって。


「できるだけのこと、するよ」


安堵したように、彼女はまた屈託のない笑みを浮かべた。


「ありがとう」




俺はこの瞬間、未知の世界との境界線を確実に踏み越えた。


空と海


その境界線のようににじんだものなのか。

くっきりと分かれた世界同士のものなのか。

それさえ知ろうともしないままに。


後先考えて行動しろとはよく言うが、決断の瞬間というものは、そうした時間が十分に持てないものだと思う。


ただ、決して後悔だけは。

この時、俺が二つ返事で承諾したことを後悔することだけは。

これから先俺がどれだけ生き、どのような状況下に陥ろうとも、絶対にしないことを誓える。