穏やかに寄せる波。

日常の一部ともなっている潮騒に、悠久の時を変わらぬ姿でこえてきた、海という場所のことを思う。


海岸線に沿った砂浜を年配の女性が歩いていた。
皮膚に刻まれた皺は深いが、足取りははっきりしており腰もさほど曲がっていない。


女性は一歩一歩を、砂に足跡を残すようにしっかりと進んでいた。ただ、両手をうしろに回し俯いて歩く様子は、取り残された子供のようなたたずまいでもあった。


しばらく経つと水平線の方へ視線をやり、過去を見つめるような遠い目をした。

その場に座り込みサンダルを履いた足先を海水に触れさせる。


「……この間、あの子が久しぶりに島へ来てなあ。あの洞くつに、連れていってくれたんや」


独り言にしては大きな声でぽつりと話し始める。
話し相手は、海か風か鳥か。


「結婚の前日以来のことやったわ。干潮やったのに、砂浜は小さなってた気がしたなあ。あんたが必死になってぎざぎざを削り取った入り口は、今でもきれいやったで。

中に入って天井見たら泣いてもうたわ。あのうつくしさは、ずっと変わらん。

風雨にさらされんあの場所で、もっと先になっても同じ姿でいてくれるやろか。


あの場所でわたしたちはたくさん話をして、あの場所でわたしたちは別れた。

不思議やなあ。同じ血が同じことを、繰り返させているんやろうかなあ……」


女性は目を閉じ耳をすませた。

馴染みの波音。永遠などないと知るその耳にも、変わらぬものの存在を教えてくれる。


「詳しく聞きはせんかったけど、結局あの子らも、悩んで迷って、涙を流したそうや。

空になった桐の箱を持って帰ってきた日以来、わたしの孫は、前と比べてひどく能動的になったようやわ。
毎日を、大切に生きとるとでも言えば伝わるやろうか。


わたしらは2代にわたって、うつくしい未知の生き物に出会って、心を持っていかれてしまった。

やけども、わたしも、おそらくあの子も、そのことを後悔はしとらんし、むしろしたくないと思っとるはずや。

出会えたことを幸運やと思っている。いろいろな感情を学んで成長して、ひとの痛みのわかる生き物になれた。そう思っとるんや」