目を覚ますと、見慣れた灰色の天井と潮騒が聞こえて、いつもと同じ朝がやって来たように思った。

でも違う。

いつもの朝なんかでは、ない。


上半身を起こしてひたいに手をあてる。よく眠れたものだな、と思う。

立ちあがって窓を開ける。風鈴が揺れて遠慮するように微かな音を立てた。


生まれたばかりの太陽に照らされ白く輝く海面が、遠く感じた。
潮騒も聞こえるし潮の香りもする。家の門を出ればすぐそこにあるし、足で触れた早朝の海水の冷たさも一瞬で思い出せる。なのに、遠い。


時間はたぶん、2度目に会ったあの時と同じくらいだった。理由もなく目覚め、朝日の中でシルエットを見つけて、左右色の違うサンダルを履いて、海へと翔け出して行ったあの日。

アクアと会うのはやっぱり、いろんなことが始まる朝という時間がよかった。


着替えをして、出窓に置いていた白い封筒を持って部屋を出た。
音をたてないように階段をおりて、居間の机の下に置く。



これはばあちゃんへの手紙だった。昨日洞くつから帰ったあと、ばあちゃんには何も話をしていない。

俺の記憶がなくなっても、ばあちゃんの記憶は残る。記憶がなくなったらばあちゃんに何も伝えることはできない。
だけど、掟のことを正直に話してしまえばアクアの祖父が1人で下したもうひとつの決断を、ばあちゃんは知ってしまうことになる。

それはきっと彼の意志にそぐわないだろうと思ったので、『事情があって会えなくなるが、辛いので、お互いの記憶を消すことにした』と説明し、それを俺に教えるようなことはしないで欲しいということと、真珠はシェルラインの子孫たちの手に無事渡った、ということを簡単に記しておいた。