「ただいま」


たてつけの悪い網戸を少し浮かせて閉める。


「お帰り、翔瑚」


ばあちゃんは台所で夕飯の支度をしていた。
家の中に味噌と醤油の匂いがする。



俺はあれからずっと浜辺にいて、水平線を眺め、鳥とたわむれ、うろこを太陽にかざしていた。
結局、待ち続けた出来事が起こることはなかったけれど。


土間で靴を脱いでいると、奥の部屋のふすまから千歳さんが顔をのぞかせた。


「今日なあ、夏蜜柑ようさんもろたよ。今度なんかおすそ分けせななあ」

「へえ……」

「それからな、ながじいが今度、真珠の養殖見においでえて。……翔瑚くん? どないかしたん?」

「え? いや、別に」

背を向け、手の中でうろこを転がしていたので生返事になっていた。

千歳さんの言葉に、ばあちゃんも俺を見る。


「真珠、今度友達連れて見に行く」

「朔弥くんらか? あの子らいっつもお世話になっとるなあ。今度うちにも連れておいで」

「……うん」


部屋への階段をのぼりかけ、足を止めた。
右手を握る。

打ち明けてしまおうか、という考えが、頭を過ぎった。


いや、信じてもらいえるはずがない。
海にばかり執着しすぎだと言われるのがおちだ。


でも。
何かが、わかったら。


「……なあ、ばあちゃん」


慎重に言葉を選び、口を開いた。