後ろ姿の慧に俺はただ手を振った。

じゃあまた。そんな言葉を今俺は、口に出せていたのか? それすらわからない。膝の下あたりで手を握り締める。

甲子園、野球、強豪校、それだけのことにすぐ意識を奪われる。


でも今日はすぐに冷静に戻れた。自分がとても未熟に感じた。

野球のことでいっぱいになって、アクアのことも放り出して。
意識的にかそうでないのか、合宿の話を頭から排除して。
ひとつのことに執心しては我を忘れて。

そんな自分を客観的に見ている今、俺も少しは成長したのだろうか。



とにかく胸に手をあて、一度落ち着く。

慧の話はちゃんと理解した。前半のものも、後半のものも。

入江高校のグラウンドで今この瞬間、太陽にやかれながら球児が汗をかいている。
歩いて迎える範囲の場所に今、生の野球がある。


問題は、行けるか行けないかじゃなかった。行くか行かないかだった。
そこは大きな成長だった。


行くか行かないか。それは意思の問題だ。
行くか、行かないか、行かないか、行くか。

その2つが、意味と理由を持って、頭の中でぐるぐると回り始めるよりも先に――

俺の足は、動きだしていた。