ばあちゃんは昔、人魚に会ったことがある。おそらくこの海で。

だから人魚の話を現実的にしてくれたし、俺が毎日毎日家を出ていくのを見て、心配そうな表情と態度を見せた時もあった。

そしてあの少女の気配。当時のことを思い出すことで、ばあちゃんはそのたびに少女の頃に戻ったような錯覚を覚えていたのだろう。


1度目は、人魚の話をしていた時。
2度目は確か……俺が、誰かに似ているだとかばあちゃんが。
そうだ。そして俺がじいちゃんのことなのかと尋ねると、ばあちゃんは急に現実に、戻って来たように――


「ばかなこと、聞くけど」


ばあちゃんの目が俺の方を向いた。


「じいちゃんは、人間だよな?」


瞬間、目を見開いたかと思うと、ばあちゃんはさもおかしそうに笑い始めた。


「おもろいこと言うなあ。ああ、れっきとした人間やで。人魚と人間の間に、子供なんかできるかいな。でも、見当違いゆうこともないわ。わたしが会うたんは、男の人魚やったんや」

「その話」


どこか若々しい口ぶりのばあちゃんの、様子をうかがいながら尋ねる。


「俺が聞いても、いい?」

「ええよ。あんたには、聞く権利があるみたいや。倫子にも、あんたのじいちゃんにも話したことは一度もない。……この作業だけ終わらせたら、縁側にでも出よか」


言うとばあちゃんは園芸ばさみを手に、手早く作業を再開した。

俺はできるだけ何も考えないようにしながら、それを手伝った。