「出るぞ」


運転席の父さんの言葉で、助手席に乗り込む。

シートベルトを締めた時、母さんがコンコンと窓を叩いたので、ボタンを探して開けた。


「お母さんに、これ」


差し出されたのは花柄のタッパーだった。両手で受け取ると、ずっしりと重たい。


「あんたも食べていいよ」


膝に乗せて開けてみると、漬物が入っていた。
お土産で持って帰って来た、島の名産品の野菜を少し、漬けてある。似たものが島で、何度か食卓にのぼっていた気がする。


「お母さんのには劣るかもしれないけどね。教えてもらったわけじゃないから。あの人は、そういう人でしょ」


母さんは両手を腰にあてた。確かにそういう人かもしれない。そしてその娘も。


「それじゃ、翔瑚。この間言ったこと、絶対忘れないように」


母さんは念をおすと車から離れて腕組みをした。表情は柔らかい。
俺はうなずいて見せ、窓を閉めた。


窓越しで3人に手を振る。
進也も結実も母さんも、4ヶ月前のあの日と同じく笑顔だった。
俺も笑顔だった。


低いエンジン音と共に発車して、家が、家族が、景色が遠ざかる。


左手を膝に下ろしても、涙がこみ上げることはなかった。