瞳が映す景色


「ねえ、片山先生。好きになるのに理由なんていらない、とか、よく耳にしますよね。私、今やっと実感しました。語り継がれている言葉って、案外本当なんだってこと。こうして、どれだけ言っても足りないもの。――先生は、自分の価値とか、そういうのを勝手に決めないで。私にとって、先生はとても素敵で大切な人なの。本当に、先生が朝まで私といたいって望んでくれるなら、私はそうするわ。でも……さっきのはそうじゃなかったから……いてあげませんっ」


もう一度『送っていく』の一言を発することが出来なかった。




外はより一層寒そうで、靴を履く藁科に、背後からマフラーをぐるぐると巻きつける。


「別れた女のものとかだったら、最低男の烙印を押しますよ?」


「……オレのだ」


「ふふっ、分かってます。先生のいい匂いがします」


「っ、すまんっ。それしかなくて」


「嬉しいって、言ってるんですよ。それに、まだまだオジサンの匂いじゃないから安心して下さいね」


柔らかな笑みを置き土産にして、藁科は帰っていった。